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「寄り添う」という経営哲学 / The Management Philosophy of “Compassion”

「寄り添う」という経営哲学
磯辺 剛彦
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
Takehiko Isobe, Professor, NUCB Business School
最近になって社会的価値の提供と財務的成果の両立を目指す「サステナブル経営」や「CSV」(共通価値の創造)という概念が注目されている。これらに共通するのは、社会的活動を経営戦略の柱として競合他社と差別化することで、財務業績を向上させることを目的にしている。一方、日本には「三方よし」など、独自の経営哲学がある。ただし日本の伝統的な経営哲学に共通するのは、社会的貢献が目標であって、財務業績は単に結果と見なされる。このような事例を、500人程度が暮らす過疎集落に拠点を置く義肢装具メーカーに見てみよう。

In recent times, there has been a growing interest in the concept of “sustainable management” and “CSV”(Creating Shared Value), which aim to achieve a balance between providing social value and achieving financial results. The common goal of these concepts is to differentiate from competitors and enhance financial performance by making social activities a pillar of business strategy. In the case of Japan, it has its own unique age-old management philosophies such as “Sanpō Yoshi” (Three-Way Benefit). These traditional Japanese management philosophies share the common goal of social contribution and financial performance is simply considered as a result. Let’s explore these concepts by examining the case of a prosthetic device manufacturer based in a depopulated village inhabited by about 500 people.

 世界遺産・石見銀山がある島根県大森町に「中村ブレイス」という会社がある。中村ブレイスは中村俊郎氏が1974年26歳の時に創設した。その後、世界で初めてシリコーンを義肢装具の製品に取り入れたり、新たな義肢装具や補正部を独自に開発したり、国内有数の義肢装具会社へと成長した。

 社名のブレイスには、「支える」とか「寄り添う」という意味がある。 中村ブレイスには「メディカルアート研究所」という部門がある。義肢装具の視点にアートの概念をプラスした、リアルさと美しさを追求した製品を作っている。メディカルアート研究所は儲けるための取り組みではなく、さまざまな理由で、耳や鼻、眼、指、乳房を失った人が笑顔を取り戻してほしいという想いで立ち上げた。患者の気持ちに寄り添い、一緒に考えながら喜んでいただけるものを作り上げていくという意味合いで、あえて「研究所」にしたそうだ。ただし、カスタマイズで作成に数カ月を要する製品は高額になってしまう。しかも保険の対象外である。そこで本業の義肢装具で稼いだ利益でメディカルアートの赤字を補填している。創業者は「健全な赤字」「必要な汗」と呼び、その成果は「感謝の手紙」だという。


古民家再生活動

 創業者の著書の中に、事故で右脚を失った女性の手紙が紹介されている。 「このたびは、私の右足を完璧な形で作っていただき、ほんとうにありがとうございました。何度も改良していただいたおかげで、どこから見ても本当に足のようになり、うれしくて涙が出ます。(中略)5歳になる娘(長女)は「ママの足、カッコイイ」と言ってくれました。主人はいろんな方向から見て、「すごいね、すごいね。本当に分からないよ」と、うっすら涙を浮かべて喜んでくれました。(中略)この足のカーブ…。私が事故に遭わなければ、きっとこの形で存在してたのでしょう。事故は、私の足の肉だけでなく、心のすべてを持っていってしまったけれど、それらをすべて取り戻してくださいました。言葉ではなかなか伝えられません。本当に、本当に、ありがとうございました。」 中村ブレイスの経営者の話の中でもっとも印象的だった言葉は、自分たちの仕事は「患者の心の声に耳を傾け、傷ついた心を再生すること」だった。患者の気持ちや想いのすべてを文字や言葉にすることはできないので、結局は患者の話をとことん聞くしかない。作っているのは単なる「もの」ではなく、病気やケガで患者が失った部位を取り戻し、人生や生活をよりよいものにする「こと」にある。

 故郷で開業した理由について、「故郷が好きだったのはもちろん、この田舎で世界に通用する仕事がしたい」という夢があったからだそうだ。経営学や経済学では地域を経営資源としてみる考え方があるが、これは需要条件や支援産業といった産業基盤に注目するものである。しかし中村ブレイスが考える地域とは、かつて世界に誇った石見銀山の活気であり、精神的な支えである。そのような地域への恩返しとして、自治体などの支援を受けずに独力で古民家を再生し、文化を発信し、石見銀山に再び活気を取り戻そうとしている。これまでに60軒を超える古民家を再生した。患者を支え、地域を支え、社員を支え、結果として自社を支える力になる。これが中村ブレイスという会社の経営哲学である。

Reference

中村ブレイス. "中村ブレイス株式会社". https://www.nakamura-brace.co.jp/