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世界の投資家との真剣勝負で身につけたビジネスセンス - 岩澤誠一郎先生インタビュー(3)

マネジメント研究科教授 岩澤誠一郎 先生


行動経済学を専門とされている岩澤先生は、野村総合研究所および野村證券で、アナリスト、ストラテジストとして活躍された実務家教員です。軽快なトークで学生からも人気がある岩澤先生に「ストラテジストについて」「学生時代好きだったもの」についてお話を伺いました。

取材:2015年9月
語り手:岩澤誠一郎
取材・構成:名古屋商科大学ビジネススクール広報

もう一度ちゃんと勉強したいと思ってハーバードに行きました

先生の経歴とMBAを取得した経緯を教えてください

岩澤先生: 野村総合研究所に入って3年ぐらいした時に留学生試験を受けて幸い合格して、それで会社にお金を出してもらって行ったのが最初の留学経験でした。その時にボストン大学にMBAを取りに行ったんですよ。語学を勉強しなきゃという意識は大学の時はなかったですね。だけど大学を出た時に、野村総合研究所に留学の制度があると聞いたんです。それで一生懸命英語を勉強したら、試験に受かって行くことになったんです。

これが留学経験の1回目で、ボストン大学でMBAをとった時に実は優等生をとったんですよ。上位10%だと思うけど、自信満々で帰ってきました。この2年間で学んできたことを生かしてやれば野村證券で大活躍出来ると、当時はまだ若かったからそういう風に思って帰ってきたんです。ところが思ったようにいかないんですよ。アナリストの仕事やっていたから株式市場の予測をしなくちゃいけなかったんだけど、MBAで習ったことが、この予測に全く役に立たないんですよ。しかし上手にやる方法がまるでないかといったら、その当時周りにいた人たち、特に自分の先輩に当たる人たちの中には、上手に株式市場を予測できる人がいたんです。それで、僕はこういうところ妙にまじめなもので、これは学問がおかしいのか、自分が学問を学び足りないのかどっちかで、決着つけてやらないといけないと思って、それでもう一度ちゃんと勉強したいと思ったんです。

ハーバードに行ったのはいくつですか?

岩澤先生: ハーバードに行った時は1996年だから33歳ですね。

ストラテジストになるためのセンス

ハーバードから帰って来てからはどうですか?

岩澤先生: ストラテジストになったのはハーバードから帰ってきた後ですね。1987年に野村総合研究所に入って、途中で野村證券に転籍して2012年に退社したんですが、前半はアナリストを、後半の、ハーバードから帰ってきて10年間くらいはストラテジストをやってました。ストラテジストっていうのはマーケット全体を見るので、よりチャレンジングで面白かった。今でも好きですよ、マーケットを観察するのは。毎日ちゃんとやってます。

どうやったらストラテジストになれるんですか?

岩澤先生: それは難しい質問だね(笑)。少し角度を変えてお答えしますが、野村證券の日本株のチーフ・ストラテジストはなかなか大変な仕事です。野村證券というのは、日本の証券業界のリーダー。その会社で日本株の旗を振る役だから、日本株チーフ・ストラテジストは会社の顔みたいな存在でね。そんな役に就けたのは実に光栄だった。それで、その仕事をやっていく上で何が必要かというと、一つ重要なことは対クライアントのセンスだと思う。

ストラテジストが何の仕事をするのかを説明すると、マーケットのことをよくわかった上で、証券会社の仕事はお客さんに株を買ったり売ったりしてもらって、そのコミッション(手数料)を払ってもらうのが大きな仕事。証券というのはどこの会社を通じて買っても同じなわけなんだけど、野村證券でオーダーしてもらうための理由を作ることがストラテジストの仕事で、「岩澤さんからいい話を聞いたから、参考になったから、野村さんに少しオーダーを出しましょう」というのを世界中のプロの投資家にやってもらうことがチーフ・ストラテジストとしての仕事だったわけです。

真剣勝負で身につけた英語

海外の投資家がお客さんなのですか?

岩澤先生: 日本株を売買しているのは主に海外の投資家だから、ロンドンとかニューヨークとかシンガポールとか投資家の所に会いに行って、「今、日本株の状況はこうです。こんなになっているので、このように考えてください」とか色々ディスカッションするのがストラテジストの仕事で、野村にいた後半の10年は大体そういう仕事をやっていました。

海外を飛び回っていた頃をおしえてください。

岩澤先生: 1番すごかった時は、2010年だったと思うけど、1年に13回だったかな、海外出張に行きましたね。1回行くとだいたい1週間。アジアはシンガポールに行って、香港行って、3日4日で帰ってくるケースもあります。中国も行ったよ。あの年はすごかったですね。ほとんど日本にいないみたいな感覚だった。

海外留学で語学が身についたのは武器になったんですね?

岩澤先生: 2回留学してそれなりにできるようになったけど、まだまだなレベルだった。実を言うと1番ためになったのは、その後ストラテジストとして海外を飛び回って、実際にお客さんに会って話したこと。これは真剣勝負だから、繰り返しているうちにだんだん慣れてきたかなって。英語は本当に On The Job Training です。だからそういう機会を与えてくれた野村證券にすごく感謝しています。そのおかげでいま、100%英語で学ぶMBAプログラムでも教えられるわけだから。


哲学が好きだった学生時代

大学生時代から証券会社に勤めようと思っていたのですか?

岩澤先生: 実を言うと、大学の時は経済学が嫌いで、経済学じゃなくて哲学を勉強してたんですよ。それで勉強するうちに経済学者というより哲学とかそういうのを考える学者になりたいと思っていたんです。表面的には経済学者のフリをして、本当は哲学をやるって言うのもいいんじゃないかなと思ってね。それで早稲田の大学院に行こうと思ってたんだけど、当時ゼミの先生だった小松雅雄先生に「絶対だめだ、早稲田の大学院なんか行っても絶対役に立たないから、ここに残るなんて認めないぞ。」って言われたんです。その先生好きだったからしょうがなくあきらめて、じゃあ先生のゼミで優秀な卒業生はどこの会社に行ったんですかって聞いたら、野村総合研究所だっておっしゃったので、それで野村総合研究所に行くことにしたんですよ。

ここまで52年生きてきて、いろんな人にいろんなこと言われたけど、あのアドバイスこそが人生最大の、最も素晴らしいアドバイスだった。あのアドバイスを受けることができたのは本当に人生の幸運だった。自分はどちらかというと、仕事するよりも、一人で本読んだりしている方が好きなんだけど、小松先生が教えて下さったのは、ただ本を読んでても人生なんか全然だめなんだって言う、人生はそういうもんじゃないんだということだと思う。あれほど貴重な教えはなかった。その後、野村證券で働いてきたことで今の私があると思う。本当にあのようにおっしゃって下さったのには感謝しています。実を言うと、野村総合研究所に入った時は、経済の勉強をしていないから、株の「か」の字も知らなかったんですよ。野村證券が何をする会社か、野村総合研究所で何をやるかということも全く知らなかったんです。

別の会社に入っていたら全然違っていたんですね?

岩澤先生: そこもね、本当ありがたい話で、金融みたいな抽象的でありながら、実は非常に人間臭い世界、そこには今でも深い愛着があるんです。会社で働きながら育っていった愛なんでしょうけどね。金融のマーケットで何かが起こって、それで世の中が動いていくダイナミズム、その一歩先を読むために知性を振り絞ること、そういうのすごく好きなんです。運があって、いい縁に恵まれたと素直に思います。

仕事は大変だったけど

アナリスト時代の習性みたいなものがあるんですか?

岩澤先生: 私にそういうものを感じる?それは鋭いオブザベーションだね、常にこうピリピリしてたから、今でもそれが抜けてないのかもしれないね。実を言うと、野村時代はひどくて、土日も気が休まらなくてね。金曜の夜はまだニューヨークが開いてるでしょ、そして日曜日の昼からはまた準備しなくちゃいけないんですよ。チーフ・ストラテジストだから、月曜の朝、会議でみんなに「これからこうなる」とか言わなければいけない。何か話さなきゃいけないんだけど、ホントわかんないんだよ、何がどうなるか。日曜の午後は暗かった。毎週のようにね。大変だったね。

でも楽しかったですか?

岩澤先生: 楽しい局面もあって、やっぱりお客さんやセールスの人と話して盛り上がるっていうのは楽しかったですね。そういうのはどこの業界でも同じじゃないかな。お客さんに褒められる、感謝してもらうっていうのは楽しいでしょ。外国人のお客さんから、この間のレポート良かったよって言われるとね、すごく励みになったよね。