環境との共生がブランドを生む宮城県漁業協同組合志津川支所戸倉出張所「カキ部会」 / Coexisting with Nature Builds a Brand Tokura Oyster Division, Shizugawa Branch, Miyagi Prefecture Fisheries Cooperative
磯辺 剛彦
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
Takehiko Isobe, Professor, NUCB Business School
宮城県南三陸町にある志津川湾の複雑に入組んだリアス式海岸は多種多様な生物が生息しています。その志津川湾の南に位置する戸倉地区はカキの養殖地として知られていましたが、東日本大震災によって養殖漁場は大きな被害を受けました。しかし復興の過程で、これまでよりも短期間で、より身入りの良いカキがとれる漁場を作り上げました。その方法はいたってシンプルなものでした。養殖いかだの台数を減らしたのです。この逆転の発想により、戸倉のカキ養殖は環境共生型の漁業として注目され、「戸倉っこかき」は全国に知れるようになりました。
Shizugawa Bay, located in Minamisanriku Town, Miyagi Prefecture, features a deeply indented ria coastline that nurtures a rich diversity of marine life. The Tokura area, on the southern edge of the bay, has long been known for oyster farming. However, the Great East Japan Earthquake caused devastating damage to its aquaculture facilities. During the recovery process, local fishers succeeded in creating better oyster farming conditions than before—producing plumper oysters in a shorter period of time. The method they used was remarkably simple: they reduced the number of oyster rafts. This counterintuitive approach drew attention to Tokura’s environmentally harmonious form of aquaculture. As a result, their oysters, branded “Tokurakko Kaki,” have gained recognition across Japan.
志津川湾はリアス式の開放性内湾なので海水交換がよく、波当たりも弱いため、古くからカキやワカメなどの海面養殖が盛んに行われています。そしてリアス式海岸特有の山と海が近接した地形のため、志津川湾には山の養分が直接湾へと注ぎ、湾の海底では至るところで真水が湧いています。
しかし震災前まで、戸倉のカキは身入りが悪く、買受人から「県内で一番品質が悪い」と酷評されていました。その原因は過密な養殖にありました。普通に考えると、多くのいかだで養殖すれば、多くのカキを収穫できるはずですが、いかだが過密状態になると餌になるプランクトンが不足します。収穫が少なくなると、さらにいかだを増やしていたので、その悪循環で品質が劣化し、取引業者からもそっぽを向かれていたのです。誰もが養殖いかだの数を少なくすると、収入が減ると思っていました。過密養殖が海に大きな負担をかけていることは分かっていましたが、漁師も生活がかかっているので、いかだの数を減らすことは到底受け入れられることではなかったのです。
しかし震災によって、漁師たちは従来のやり方を変える以外に復興できないと思うようになりました。部会長に就任した後藤清広さんが目指したのは、「元に戻す」のではなく「新しく始める」ことでした。試験的にいかだの数を減らしてみると、今まで3年で15gにしか育たなかった身が、10ヵ月後には50gを超えるようになりました。試食したカキは味わい深くて身もふっくら、渋みが少なく甘みが濃い。後藤さん自身も初めて経験するような美味しさだったそうです。
いかだの台数を減らすには、既得権益を白紙にするしかありません。後藤さんは「やるなら、やり方を変えよう。1年の養殖で生産できれば品質は上がり、コストは下がるはず」と提案しますが、全員の合意をとるのは簡単ではありません。後藤さん自身も、これまで3年かかっていた養殖を1年で収穫できるのか確信があったわけではありません。それでも、養殖施設の間隔を広げ、いかだの台数を3分の1にしました。
養殖期間が短くなったことで台風や津波のリスクも小さくなりました。過密養殖だと大量の生産ロスが出ますが、今ではロスはほとんどなくなりました。生産量は震災前の2倍になり、経営体あたりの生産金額は1.5倍になりました。経費は4割以上削減でき、漁師の作業量も大きく軽減されました。以前は土日に関係なく早朝から夕方まで働くことが当たり前でしたが、管理や作業が減ったので、週に2日程度休めるようにもなりました。さらに、毎年台風の季節になると、荒れた漁場をロープで縛り固定していましたが、今では養殖いかだの台数が減ったので被害を最小限に食い止めることができます。生産金額が増えたのに経費や作業量は減るという、まさに逆転の発想でした。
後藤さんたちは、生産量が減ったとしても震災前の生産金額に戻れば良いと考えていましたが、結果的に5年で元の水準に戻りました。これまでは大量のいかだを管理することに手一杯で、品質を上げようとする余裕はありませんでした。しかし今では、部会の全員が「どうやれば美味しいカキがつくれるのか」という共通の目標に向かって、手間暇かける時間を持てるようになりました。
これを機に、経営体ごとに漁獲高の上限を設けました。震災前まで、経営体ごとに所有できるいかだの数が決められていましたが、後継者がいる経営体にもっとも多くの権利を与えるようにしました。また漁場環境にも配慮して、漁場環境に負荷を与える度合いで養殖種に差をつけました。このような取り組みによって、今では40歳未満の就業者が3割を超えるようになりました。
国際養殖認証(ASC認証)の取得
生産力の向上にともなって、カキの身は大きく身厚になり、味も濃厚になりました。そして「環境と地域社会に配慮し持続可能な責任ある水産業」の証明であるASC認証(水産養殖管理協議会が管理運営する養殖に関する国際認証制度)を日本で初めて取得したことで、「戸倉っこかき」の知名度が向上しました。この認証は取得するのも大変ですが、維持するのも大変です。ASC認証には、「環境・生物多様性の保全」「天然種苗への影響軽減」「地域社会に対する責任」「適切な労働環境」など、7つの原則があり、国際認証を受けるには125項目すべての項目をクリアする必要がありました。でもこの認証のおかげで、戸倉っこかきのブランド価値が上がり、全国のスーパーから商談が持ち込まれました。結局、後藤さんたちの取り組みは、収入を増やしたり若い就業者を増やしたりするだけでなく、漁師としてのプライドを持つことができました。
「これまで自分たちの収入を多くすることばかりを考えていて、自然環境のことを気にかけていませんでした。それが震災後に始めた環境優先の漁業に取り組むことで、経済は良い環境に紐付いてくることを目の当たりにしました」
戸倉の取り組みは、常識だった「収穫高はいかだの数に比例する」を否定し、環境に負荷をかけない仕組みがブランドを生み出すことを証明したのです。
磯辺 剛彦 | 教員一覧 | 名商大ビジネススクール - 国際認証MBA
名商大ビジネススクール - 国際認証MBA
https://mba.nucba.ac.jp/faculty/isobe_takehiko.html![]()