タイヤのグリップは縦方向と横方向の合計値でその性能を発揮します。縦方向は駆動力(アクセル能力)と制動力(ブレーキ能力)、横方向は旋回力(ハンドル性能)に貢献するため、走行中にハンドルを切った場合は縦方向と横方向の両方のグリップを使用することになります。しかしながら、グリップ力(縦方向と横方向の合計)は一定のため、ブレーキ能力とハンドル性能はトレードオフの関係にあります(駆け引き状態)。グリップ力を全て使い果たしてしまうと滑り出して、最悪スピン....。そうなるとグリップ力そのものを高めたいと思うのが人情。そこで行うのが荷重移動、荷重移動とはグリップ力を必要としているタイヤにアクセルやブレーキを利用してクルマの荷重を移動して、グリップ力を高め(正確には摩擦円を大きくす)ることになります。かといって、前輪に全ての荷重がかかると後輪の摩擦係数が極端に下がり、クルマとしての操作性を失ってしまいます。したがって、最大限前輪に荷重移動したフルブレーキング時において4輪にバランスよく荷重がかかる状態、すなわち前後の重量配分が「50:50」になるのが理想とされるため、静止時には後ろの方が重量配分が若干重めのレイアウトです。こうした理由でミドシップ方式を採用するスポーツカーが多いのです。
実は、MBAも同様に「ファイナンス」をどこまで追求したカリキュラムに設計すべきか、とても難しい選択を迫られます。なぜならファイナンスは他の科目と異なり「縦方向」と「横方向」の時間を持っているためです。ここでいう縦方向の時間とは「人生(長期)」、横方向の時間とは「財布(短期)」を意味しています。すなわち、財布の中身を豊かにするような短期的な行動に役立つファイナンス理論は数多く存在します。しかしながらその修得には複雑な数学的知識を必要とし、貴重な講義時間を消費してしまいます。一方で人生を豊かにするような長期的かつ哲学的なファイナンス思考、例えば、投資家は敵か味方か?お金で買えない価値とは何か?市場は正義か?といった問いに向き合うことが出来るのもファイナンスの講義の醍醐味ですが、正解のない議論的対話を必要としますので、これまた時間を消費します。
人生と財布、どちらの価値を重視するかによって、講義時間を奪い合うトレードオフの関係にあるため、クルマのように荷重移動によってファイナンス科目を数多く設けることはできますが、MBA教育に与えられた講義時間は一定(車両の乾燥車重が一定と同様に)ですので、他の科目が犠牲になってしまいます。ファイナンスは時間を消費するため、MBA取得を考える受講生にとっては最大の難関ともいえ、ビジネススクールにとっては最も挑戦的な科目になるのです。
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