ケースメソッドと講師の役割
ケースメソッドの教壇
教室は劇場だった。教官は舞台俳優だった。
筆者が学んだハーバードビジネススクールは、ケースメソッドの総本山です。勉強は大変で、何とかしがみついて、もがいて卒業できました。卒業してから25年も経ち、その間、様々な経営者経験を積んできましたが、自分の人生設計からみれば、全く予想外の展開で、今ケースメソッドの教壇に立っています。教官になるのにあたって思ったのは、「あのハーバードビジネススクールで味わった感動と苦しみを学生に味わって欲しい。」「ハーバード講義をこの学校で再現したい。」という事でした。
その視点で25年前の講義を振り返った時、素晴らしき講師と素晴らしき講義をあらためて思い出して、自分の講義のロールモデルにしました。
素晴らしさを一言で言えば:教室は劇場だった。教官は舞台俳優だった。
という事です。ケースメソッドの講師の本質はまさにそこにあります。
教官は教室でやる事がたくさんあります。
- 学生の名前をいち早く覚える。
- 学生の発言が出やすい雰囲気を作る。
- 学生の発言を拡散させたり、収束させたり、講義の目的に誘導していく。
- 学生の発言に対して、適切なツッコミを入れて、深堀する。
- 学生の特徴を掴み、最適なタイミングで最適な学生に発言させる。
- 発言の中で大事なポイントや学びを黒板・白板に書いていく。
- 学生の発言を全て覚えて、頭の中で成績をつける。
- 講義で最小限教えなければならない事を、議論の流れの中で補足的に講義する。
こう並べて書くと、ケースメソッドの教官の仕事の難易度は、一方的に教える講義の教官のそれよりも、はるかに高いとお判り頂けると思います。
良き教官に求められるもの
- 良き教官は自分の考えや回答を絶対に押し付けません。押し付けずに、クラスの討議の結果を自分の意図の方向に誘導していきます。
- 良き教官は、学生のひとつひとつの発言を絶対に否定しません。軽視しません。議論しやすい雰囲気を作るためです。
- 良き教官は、多くの議論シナリオを用意していて、臨機応変に質問を投げかけ、議論を誘導して行きます。
- 良き教官は成績を講義中には付けません。講義の休み時間と終了後に記憶している学生の全発言を成績化します。
- 良き教官は講義中は絶対に座りません。学生の目の前を動き回ります。そう、舞台俳優のように。
- 良き教官は、黒板・白板に議論の論点・大事な点を書いて行きます。学生の議論がぶれないように。
これらのことは筆者の目標値です。それが全てできている訳ではないのが残念ですが、少しでも近付けるように努力しています。
舞台俳優や、スポーツ選手が、舞台本番・試合本番に「楽しみたい」と言っているのを良く耳にします。人様からお金を頂戴して「楽しむ」とは何事か。と、お堅い方々は言いますが、ケースメソッドの教官になって、その境地が初めて判りました。あらゆる準備をして、講義当日に楽しむ余裕がないと、先ほどお話しした講義中の仕事をこなす事ができません。また、余裕があればあるほどパフォーマンスは上がります。週末講義が終わった2-3日間はダメージがとても大きくて、ぐったりしています。
今回は、ケース討議の講師側の舞台裏をお話ししました。これを学生が聞いて、ちょっとは教官を見る目が優しくなってくれますかね?
ちなみに、筆者の舞台俳優としての理想は、狂気を演じる時のジャック・ニコルソンです。